私は私


私は自分が誰か知っています
いま私はここにいますが
すぐにいなくなるかもしれません
いなくなっても私は私ですが
ほんとは私は私でなくてもいいのです

私は少々草です
多分多少は魚かもしれず
名前は分かりませんが
鈍く輝く鉱石でもあります
そしてもちろん私はほとんどあなたです

忘れられたあとも消え去ることができないので
私は繰り返される旋律です
憚りながらあなたの心臓のビートに乗って
光年のかなたからやって来た
かすかな波動で粒子です

私は自分が誰か知っています
だからあなたが誰かも知っています
たとえ名前は知らなくても
たとえどこにも戸籍がなくても
私はあなたへとはみ出していきます

雨に濡れるのを喜び
星空を懐かしみ
下手な冗談に笑いころげ
「私は私」というトートロジーを超えて
私は私です


作者
谷川俊太郎

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